こんにちは、遅咲きの桜鬼です。
先日届いた【アニメ版・薄桜鬼 黎明録】を一気に見ました。
浪士組として江戸から京都へ移り住んだ新選組メンバーの草創期を、主人公・井吹龍之介の視点で綴った内容です。
どちらかと言うと、芹沢鴨が軸になっているように感じたのですが、どうなんでしょう
まずお断りしておくと、私は新選組についての知識に乏しいです。
ここから先は想像や主観、そしてWikipediaの情報から感じたことを書いていきます。
ネタバレを含む点もご了承下さいね。
私から見た芹沢鴨の第一印象は、「頭角を現すだけの力と頭脳を持っているものの、非常に独裁的な人」というものでした。
まだ途中までしか読んでいないけれど、子母澤寛・著の【新選組始末記】に出てくる芹沢鴨は、かなり暴力的な部分が前面に出ていますし。
それに比べ、【アニメ版・薄桜鬼 黎明録】に登場する芹沢鴨は、とても好意的に受け留められているように感じます。
病に侵され死期が近いと分かっている芹沢鴨は、「浪士組の名を轟かせるためなら何でもする」というスタンス。
たとえば、
自分たちの存在と存在意義を知らしめるためには、暴力的な権力を振るう → 商人に申し込んだ借金を断られた結果、「異国との交易で財を成したことは大罪」と言って家に火を放つなんてことも厭わない。

こんな風に、「わざと泥をかぶった人物」という位置付けで描かれているような印象を受けました。
浪士組として京都へ行った当初の彼らには何の後ろ盾もなく、会津藩主・松平容保公の預かりと決まるまでも紆余曲折あっただろうし、実際にお預かりとなっても会津藩の藩士たちからは疎んじられていたわけで。
そして、新選組という名を容保公から授かって、やっと形になっていく。
史実では、芹沢鴨は寝込みを襲われたというのが共通の認識のようだけど、アニメではかなりの死闘を繰り広げていました。
「俺を切るほどの胆力は備わっているのか」と、土方さん達を試しているようなシーン。
まぁ、この辺はフィクションなのでしょうが。
平助の「人を斬ることが日常になっていくことへの戸惑い」や、芹沢鴨に一目置いていた新八さんの姿(永倉新八・著の本にそのような言葉が綴られているらしい)などが描かれていて、考えさせられる部分も多々ありました。
総司については、史実とは違う方向から描かれているような印象で、「自分を認めてもらうことへの焦り」みたいな部分がかなり色濃く出ているような・・・。
左之さんは変わらず飄々とした人。男(龍之介)の場合と女(千鶴)の場合の態度が全然違うのも、左之さんらしい。(あ~、やっぱり良いな、左之さん恋人&旦那にするなら、絶対に左之さんだよ。大人だし、色々分かっているし、清濁併せ呑める人だし。ちゃんと言葉で気持ちを伝えてくれるしね
)
斎藤さんはどこまで行っても真面目で、土方さんへの忠義心が全面に出てる。それが報われていると言うか、すごく土方さんに信頼されている様子が描かれています。
風間千景はほとんど出番がないから、ちー様ファンはちょっと寂しいかも。
逆に、山崎烝さん、近藤さん、山南さん、新八さんの出番は多め。
当たり前だけど、まだ誰も羅刹になっていないから、そこは安心して見られる。
新選組について肌で感じたいなら、この黎明録がオススメだと思いました。私は本編も好きだけど、こっちの男くさい感じの方が断然好きだな。
まったく恋愛要素がなくなっちゃうけど
あの頃の男性って、芯が強いし、信念を持って生きているよね。そういう時代の男と出会いたかったな・・・あ、でも、女性は色々と大変そう
話が脱線しちゃったけれど、【アニメ版・薄桜鬼 黎明録】もオススメですよ
なかなか考えさせられるひと時でした。
1回目はサラッと流して見ちゃったから、また後でじっくり見ようと思います